久々に会う友達との約束でその日はウキウキしていた。
いつものように簡単に身支度を済ませ、
お気に入りの音楽をMP3プレイヤーに入れ。
音楽を聴きながら地下鉄で東京方面へ向かう。
私の家は始発駅に近く、余裕で座ることができた。
洋楽を聴きながら、友達からのメールを読む。
しばらく経つと周りの様子がおかしいことに気がつく。
隣に座っている人と、真向かいに座っている人が
ジェスチャーでなにやら私に訴えているのだ。
50代も後半にだろうか…
「音楽がうるさかったのかなぁ…」
慌ててイヤホンを取る。
するとその人たちは上の方向を指差す。
「???」
正直何を言いたいのか理解できなかった。
「ここは携帯電話使っちゃイケないんですよ?」
「補聴器やペースメーカー入れてる人もいるんだから」
その時ようやく理解した。
上を指差す方向には黄色の吊り革があり
携帯電話をOFFにするよう掲示されてあったのだ。
私はそういう席があることを知っていたにも関わらず
それまでは大して気にはしていなかった。
これはマズかったと思った。
「すみません」
信頼されてないと困ると思ったので
わざと乗客が確認できるように電話の電源をOFFにした。
私はマナーを守れませんでした。
正直悔しい気持ちと自責の念に駆られ
友達に会うワクワク感が一瞬にして消えてしまった。
携帯電話が使える席に移ればよかったのかもしれないけど
それもまた意地汚いし潔くない。
周りにも多くの乗客がいたので
私は素直に謝って、自分のマナーを正すことを選びました。
地下鉄はどんどん東京に近づいていきます。
ビジネスマンがたくさん乗ってきます。
どんどん席は埋まっていきます。
ここは優先席なのです。
私は携帯をOFFにしています。
マナーを守っています。
ところがどうでしょう。
みんながみんな携帯OFFを徹底しているわけではありません。
「注意される前の私」がたくさんいます。
綺麗な格好をした若い女性はメールの確認しています。
細身のスーツに身を包んだビジネスマンは電話で商談を始めました。
…
さぁ、これからどうなることでしょう。
これからの展開に私は非常に期待してました。
ところがどうでしょう?
私を注意した2人は…
見て見ぬふりをしたのです。
携帯OFFマナーをわかってて
徹底できてない、私もそうでした。
なので若い女性、ビジネスマンの気持ちはよくわかります。
一方で、注意をしない2人をみて
非常に残念な気持ちになりました。
大勢の前で注意をするという行為は
注意する側も相当の勇気を要するものですが
される側も自尊心が傷つきます。
注意された私は幸せだったのかもしれませんが
同時に、いわゆる「足元を見られた」気がしてなりません。
「なんで私だけ注意されるの???」
私の被害妄想も甚だしいですが…
「私のためを思って注意してくれた」と
前向きに考えようとしていた私には大きな衝撃でした。
50代の親切心は自己顕示に過ぎなかった。
そんな印象を受けてしまったのです。
教育、特にマナーといったような
個人の価値観に大きく左右されがちな道徳教育においては
教える人の人徳(これも非常に抽象要素ではありますが)によって
受け取る側の理解度も大きく変わってくるでしょうし
教える側も「こういう人になりたい!」
と思ってもらえるような人物であるべきだと私は考えます。
さてさて、その後というもの…
優先席では携帯の電源を切るようにしました。
そもそも特別支援教育をやっていたにも関わらず
こういう配慮に欠ける自分が本当に恥ずかしい。
それと同時に
人にものを指導する際、
特にその人の価値観や道徳観に関わる場合に対しては
指導が単なる私の自己主張、自己顕示、自己満足にならないように
そして、その事象について本当に私が教えられる立場なのか?
今一度考えてみる必要があるように思いました。
なにはともあれ、考える機会をくれた50代に感謝しなければなりません。
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